釜石線が真っ直ぐのびていて【私鉄に乗ろう98】三陸鉄道リアス線 その10

2020.01.14

釜石駅、ふつうに短い停車時間で発車しました。車内が凄く混んでしまって簡単に動き回ることができません。駅名標を撮り損ねました。

釜石駅は、1939年(昭和14年)旧国鉄山田線の開通によって作られた駅です。1944年(昭和19年)釜石東線が難所の仙人峠の手前、陸中大橋駅まで開業しました。それ以前に、富国強兵を目指した日本国政府工部省によって釜石桟橋と大橋採鉱所を結ぶ釜石鉱山専用鉄道が敷かれました。釜石製鉄所に鉱石を運ぶ鉄道でしたが、製鉄所が1883年(明治16年)に製鉄を中止してしまったために鉄道も廃止され設備は関西の私鉄に売却されました。

ここからは余談、というか大好きな釜石線と山田線の歴史です。

難所の仙人峠まで、花巻から軽便鉄道が1915年(大正4年)に開通しました。難所の仙人峠に鉄道は敷設されずロープウェイで貨物・郵便が運ばれました。旅客は、仙人峠駅(廃止されています)から陸中大橋駅の間、山道5.5kmを歩いて乗り換えしたのです。難所とは言え、2時間近く山道を歩いて駅間を移動したのです。

1936年(昭和11年)国鉄は難所仙人峠を越えるルートを足ヶ瀬駅からトンネルを掘って、新たに作った上有住駅を通り土倉峠の下をトンネルで抜け、仙人峠の東側斜面を大きく「オメガ」の形でカーブしながら陸中大橋駅に降りてゆくコースに設定。太平洋戦争の激化で中断された工事は、1946年(昭和21年)風水害で普通になった山田線の代替線として1948年(昭和23年)に工事再開。1950年(昭和25年)に釜石線が全通しました。

山田線は、1946年(昭和21年)の風水害で不通になった後も台風などで度々被災し、完全に復旧したのが1954年(昭和29年)の11月、何と8年間もの間不通区間が残ったのでした。

リアス線車両は、モロに旧山田線を進みます!

釜石線で釜石駅に着く前の前面展望です。転車台がありますが駅からは見えないのです。

※2016年11月撮影

ここでまた甲子川を渡ります。旧山田線は25パーミルの勾配を登ります。

左の釜石線に対して旧山田線は少しずつ高くなっていきます。

こちらも釜石線で釜石駅に向かう前面展望。上の写真の反対側。2016年11月なので左の山田線は運休中です。レールは完全に錆びています。

※2016年11月撮影

釜石線は左(西)に、旧山田線は右にカーブして北上します。

このカット、気に入ってます。左下の釜石線が真っ直ぐのびていて気持ち良い。遠くに見えている山々を越えて花巻に向かうのです。昔からの難所仙人峠を抜けてゆきます。

釜石トンネル(960m)に入ります。

〈国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた〉・・・ちょっと大袈裟かな。でも4月ですが、雪があります。

旧山田線は雪が多く残っているのかな。

【私鉄に乗ろう98】三陸鉄道リアス線その11 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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