阿佐海岸鉄道ASA-100形「しおかぜ」号

高知県最東端の駅として知られる阿佐海岸鉄道甲浦(かんのうら)駅では、現在「デュアル・モード・ビークル(DMV)」という新型車両の導入に向けて工事が行われています。

DMVは鉄道車両とバスの性質を兼ね備えた乗り物です。路線を走った後は10~15秒ほどでモードチェンジし、バスとして道路を走ります。もともとJR北海道が実用化に向けて開発を進めていましたが、導入を断念。四国の東南、海部(かいふ)~甲浦を結ぶわずか3駅のローカル線、阿佐海岸鉄道が引き継ぐことになりました(DMVの鉄道モードでの運行区間はJR牟岐線(むぎせん)の「阿波海南駅」から甲浦駅までの4駅およそ10km)。

線路から道路へ出るための工事こそ必要ではありますが、既存の路線を使える上に燃料消費は鉄道車両の1/5程度と軽く、ランニングコストを抑えた運用が可能です。しかもDMVの営業運転は世界初とのことで、車両そのものを観光資源とすることも出来るなど、地方ローカル線での運用にピタリとはまる”乗りもの”と言えます。

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「幕末維新号」ラストランイベント前日、有休消化もかねて徳島から牟岐線を経由して高知へ向かった記者は、旅の途中で甲浦に立ち寄り工事の様子を観察しました。以下、いずれも2019年11月29日(金)お昼ごろの様子です。

甲浦駅名看板
終端からスロープを伝って道路に降りていく
甲浦は単線の無人駅 鉄道ファンが見物に来るというレトロな駅舎にも手が加えられている
平日の午後、数名の作業員が工事を行っていた
駅ホームへ向かう際は階段を利用する

駅のホームと地上の高低差はかなりのもの。高齢者や身体の弱い人にとって、この高低差は鉄道利用を阻むハードルになりかねません。しかしDMVを導入すれば車両に乗ったまま駅ホームから地上へ降り、バスで移動することが出来る。言い換えればDMVの導入により「ホームから地上までの高低差をなくす」という副次効果も生まれるわけですね。

駅守りのいる海の町

記者は12時頃に甲浦に着いたのですが、高知東部交通甲浦駅のバス停から奈半利行きのバスが出るのはわずか2分後(取材当時)。そもそも平日昼前に使う人がほとんどいないという事情もあるのでしょうが、12時、14時の乗り継ぎ”だけ”は非常にシビアな設定になっています。

では身体の弱い利用者が出発までにバス停にたどり着けなかった場合はどうするのか? 甲浦駅では地元の駅守りの方々が駅ホームとバス待合室にスタンバイしており、間に合いそうにないときは合図を出してバスの出発をちょっとだけ遅らせていただいているのだそうです。

車内では阿佐鉄フォトギャラリーを展開しており、車両の写真等が吊り下げられていた
甲浦~海部まで270円だった頃のきっぷ

高知東部交通や徳島バスなど他の公共交通機関との調整は必要ですが、DMVの運用次第ではこうした乗り継ぎの難しさも解消できるかもしれません。

余談1:甲浦で食事をするなら

さすがに2分で乗り継ぐのは生き急ぎ過ぎている気がしたので、記者は2時間後のバスに乗ることにして甲浦でお昼ご飯をいただきました。駅守りのおばちゃんに教えてもらった最短ルートを使えば、甲浦の駅から白浜までは徒歩10分ほどです。

白浜には地元の方向けのご飯処もありましたが、記者のお目当ては「海の駅 東洋町」。観光地にありがちなごく普通の売店兼食堂ではありますが、店内で買った魚のサクをその場で調理してもらえます。

農産物やぽんかんソフトも扱っている 発送も可
910円の海鮮丼+小うどん 刺身はお店で買った300円のマグロのサク(要調理代)

新鮮なお魚はお醤油につけてもいいのですが、柚子酢でいただいたらこれがまた美味い。ほとんど臭みがありません。ただ柚子酢は柚子酢でかなり主張が強いので、ほんの少しお醤油に混ぜて香りを楽しむのが良いでしょう。

窓外に広がる白浜の景色を眺めながらいただくお昼ご飯は別格でした(外のテラス席で海風を感じながら、というのもいい)。東洋町(生見海岸)はサーフィンの町でもあるので、夏はきっと賑やかでしょう。

白浜を眺めながら食事が出来るのは”強い”

モーニングの時間帯は卵もついて更にお得になります。バイクなり自家用車なりで海岸沿いをドライブして白浜で昼食を、あるいは近場のホテルに泊まって獲れたての魚で朝ご飯をいただくと良い思い出になりそうですね。

余談2:甲浦へ行くには

徳島から牟岐線で海部へ向かう

更に余談。鉄道を使って甲浦を訪れる場合は主に以下の2つのルートを使います。

(1)高知からJR土讃線と土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線で奈半利(なはり)へ行き、奈半利からバスで甲浦へ(バスへ乗るタイミングは奈半利に着く前でも一向に構いませんが)

(2)徳島から牟岐線で海部まで向かい、海部から阿佐海岸鉄道阿佐東線で甲浦へ

記者はコトバスの夜行便で新宿→徳島、(2)のルートで徳島から牟岐線でおよそ2時間かけて海部へ行き、そこから阿佐海岸鉄道に乗り換えて甲浦へ向かいました。もしサンライズ瀬戸のノビノビ座席が取れるなら夜行で東京から高松、高松から徳島を特急「うずしお」で(できれば最新の2700系で!)……というプランを立てていたのですが、残念ながらきっぷは取れませんでした。

徳島~甲浦間のきっぷは徳島駅でまとめて購入できます。甲浦~奈半利、奈半利~後免、後免~高知は各交通機関でお支払いとなり、ただ財布を出す回数が増えるだけでなく領収書の発行なども結構な手間になります。もし徳島から高知まで四国の東南をぐるっとなぞって向かうなら、徳島駅のみどりの窓口で「徳島・室戸・高知きっぷ」(片道5,040円)を買っておけば良かったなぁ、と反省しています。逆なら「リョーマの休日 安芸・室戸フリーきっぷ」や「四国再発見早トクきっぷ」との組み合わせも。

牟岐線と阿佐東線には「阿波室戸シーサイドライン」という愛称がついています。実際には由岐を超えたあたりからちらほら海が見える程度で、そこまでシーサイドな路線という印象は受けません。しかし甲浦から室戸岬を経由して奈半利へ向かう際は、海岸沿いを走るバスの車窓から太平洋がとても綺麗に見えて、2時間程度の乗車時間が全く苦になりませんでした。

阿佐線になるはずだった甲浦~室戸~奈半利区間の海岸沿いをバスで行く 奈半利で鉄道に乗り換えるなら「奈半利」ではなく「奈半利駅」で停車ボタンを押そう
夕暮れ時の奈半利駅
奈半利から高知へ向かう「てのひらを太陽に」号
夜須(やす)からは座れない乗客が出るほど混雑していた

ごめん・なはり線で奈半利から後免を経由してそのまま高知まで向かったのですが、和食(わじき)に到着する直前にトンネルを抜けてぱっと景色が開けた瞬間が最高でした。水平線が夕陽に焼けて空の青さとグラデーションを成す秋の海。他の乗客の迷惑になってしまうので写真は撮りませんでしたが、ここを訪れるならしっかり目に焼き付けておいてほしい光景です。

普通に旅をするなら飛行機で行けば良さそうなものですが、あえて夜行バスや電車、路線バスを組み合わせることで見える景色もあります。DMVが運行を開始したら、ぜひ電車やバスでぐるっと回って甲浦やその周辺を訪れてみてください。

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記事/写真:一橋正浩