北海道開拓に貢献した基幹路線

優等列車の定期列車はない山線ですが、JR北海道のリゾート列車が運行されることもあります。写真は銀山―然別間を走る「ニセコ号」(車両は「ノースレインボーエクスプレス」)(写真:yhori / PIXTA)

最後に山線の略史をたどります。山線は札幌(道央)と函館(道南)を最短距離でつなぐ、北海道の鉄道初期の最重要路線でした。函館―札幌間の山線ルート全通は1904年。南回りより20年以上も早く、北海道開拓に貢献しました。

今の北海道は札幌一極集中ですが、戦前の北海道は本州につながる函館が玄関口。貿易港の小樽も、経済の中心都市として栄えていました。

戦後は函館線経由で、函館―網走間に急行「大雪」、函館―釧路(根室)間に急行「まりも」が運転され、山線を行くC62重連は、多くの撮り鉄に格好の被写体となりました。

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しかし、山線の栄光の歴史もここまで。国鉄ラストの1986年のダイヤ改正では、最後まで山線経由で残った急行「ニセコ」と特急「北海」が廃止され、優等列車が姿を消しました。現在、山線は定期列車としては普通列車が走るだけですが、JR北海道は最新の電気式気動車H100形を投入しています。

H100形「DECMO」(デクモ)は、2020年3月のダイヤ改正でデビュー。JR東日本のGV-E400系をベースに、酷寒地仕様・両運転台化した電気式気動車で、ディーゼルエンジンで発電機を駆動して走る半分気動車、半分電車です。

一つの見方ですが、山線は普通のローカル線とは違う風格が感じられます。詳細は専門の方に譲りますが、山線は二股―黒松内間、昆布―ニセコ間などに撮影スポットが点在します。

本稿はここまでですが、実際の廃止にはまだ時間があるので、乗り鉄や撮り鉄の方は一度現地を訪れ、急こう配区間にドラフト音を響かせた往時のC62重連に思いをはせてはいかがでしょうか。本コラムでは同じ並行在来線ながら動向が決まっていない、函館―長万部間についても、動きがあれば紹介させていただきたいと考えています。

記事:上里夏生