「ネイチャーデイズプロジェクト」を的確に表すイラスト。「楽しむ、働く、暮らす、学ぶ」の4要素が交わる地域に活力があふれます(画像:ネイチャーデイズプロジェクト事務局)

突然ですが、東京から南や西に延びる小田急電鉄、京王電鉄、京浜急行電鉄に共通するものは? ヒントは路線です。

答えは路線の先端に有名観光地があることです。小田急(小田急箱根)は箱根、京王は高尾山、京急は三浦半島。そんな共通性を持つ電鉄3社が手を組んで、新しいプロジェクトを立ち上げました。

その名は「NATURE DAYS PROJECT(ネイチャーデイズプロジェクト)」。自然あふれる各スポットを日常生活の延長線上で訪れてもらい、地域のにぎわいを持続的に創出します。

各エリアでゲストハウスを開業したりガイドとして活動するプレイヤーの力を借りて、活動の輪を大きく広げます。

電鉄3社は2025年12月9日、横浜市内でディスカッション形式のキックオフカンファレンス「となりの自然と、暮らしていこう。」を開催。総勢17人の登壇者が地域への熱い思いを語りました。

(本コラムでは、電鉄3社広報推しの列車写真を提供していただきました。各スポットを訪れる気分でご覧ください)

有名スポット+αの波及効果

京王一推しの5000系(2代目)。ロングシート、クロスシートのリバーシブル二刀流で、2017年にデビューしました(写真:京王電鉄)

沿線に有名スポットがあるのは鉄道会社にとって絶対の強みですが、その一方で課題も。カンファレンスに参加した高尾ビール代表取締役の池田周平さんは、約70人の参加者にこんな質問をしました。「高尾山に登ったことのある方?」

さすが2007年の「ミシュラン・グリーン・ジャポン」で3ツ星を獲得したスポット、かなりの手が挙がります。池田さんは続けます。「それでは高尾のまちを散策したことのある方?」。今度はほぼ手が挙がりません。

高尾山登山客、京王の玄関駅・高尾山口からの登山道で食事したりお土産を買ったりで、一定の経済効果を期待できます。でもそれだけでは不十分。京王が追求するのは地域への波及効果です。登山後に高尾のまちをゆっくり散策してもらおうと考えます。それがプロジェクトの原点です。

集える場のビール工房を起業

池田さんは発想も秀逸。元は都心の近くに暮らしていたのですが、「もっと自然豊かで、都心に無理なく通勤できるエリアは」と考えました。山梨県のJR中央線エリアなども候補に挙がったそうですが、結論は高尾。高尾なら都心に通えます。

ところが高尾に引っ越してみると、日常的に地域を知る場がない。そこで「ないなら自分で作ろう」と思い立ち、ビール工房を起業することにしました。

ここで京王が登場します。高尾ビールがあるのは「KO52 TAKAO」。京王高尾線とJR中央線が接続する高尾駅南口近隣の京王の商業施設です。コンセプトは「個商いが地域と出会うビル」。

近隣の高層マンションとは対照的な表情をみせる「KO52」。館内ではトークショーなどのイベントも開かれます(写真:京王電鉄)

最近の駅ビル、テナントは大手や既存店の新業態が中心で、それはそれで魅力的ですが一定の物足りなさも。京王が目指すのは、個人商店が軒を連ねていた、かつての商店街のにぎわいです。

KO52は5階建てで、既存のビルを一部リノベーションして2024年4月に誕生しました。

ところで、筆者がうならされたのは店舗名。読みは「ケーオーゴーニー」ですが、その意味お分かりになりますか? ケーオーは京王、一ひねりしたのが52で、「ごじゅうに」ではなく「ごじゆうに」。かなりの考えオチですが、十分に意図は伝わりますね。

箱根の大自然をマウンテンバイクで満喫

大自然を満喫できる箱根に向かう小田急ロマンスカー(70000形「GSE」)。2029年登場予定の新型特急ロマンスカーのニュースもファンをざわつかせます(写真:小田急電鉄)

小田急にも地域交流施設があります。2023年4月、箱根登山電車箱根湯本駅近くにオープンした「HAKONATURE BASE(ハコネイチャーベース)」。ガイドが案内するアウトドアツアーなどを継続開催します。

【参考】
小田急が自然体験型観光を実践 箱根登山鉄道「箱根湯本駅」近隣に新施設まもなくオープン(神奈川県箱根町)【コラム】
https://tetsudo-ch.com/12882530.html

新しい箱根観光の実践者としてカンファレンスに参加した鈴木教仁さん。プロのツアーガイドとして、ハイキング・トレッキングやマウンテンバイクのほか、電動自転車ツアーを主催します。

ビール工房2階の宿泊施設

京急の2ドアクロスシート車2100形。かつてのCMフレーズ「赤い電車に白い帯」の伝統カラーを踏襲します(写真:京浜急行電鉄)

京急沿線にもオンリーワンの実践者がいます。三浦半島先端の三浦市で地ビールを醸造する三浦ブルワリー代表の小松哲也さん(クラフトガレージ代表取締役)。2023年に創業しました。

三浦半島らしさ満点のフルーツを使ったビールなど、個性的なビールのオンパレード。新機軸が宿泊施設「Tap Inn MIURA(タップイン三浦)」で、きょう2025年12月20日に開業します。醸造所2階で1日3組限定。〝五感で味わう三浦旅〟の拠点を目指します。

「利益の一定割合を沿線振興に」

カンファレンスのラストでは、電鉄3社の担当者が鉄道会社の役割を語り合いました。

鉄道会社のカンファレンスで、それぞれの取り組みを披露する橋本小田急、菊池京王、鈴木京急の3課長=写真左から=。3社は2024年からワークショップなどでプロジェクト立ち上げの準備を進めてきたそうです(筆者撮影)

登壇したのは小田急まちづくり事業本部エリア事業創造部の橋本崇課長、京王開発事業本部橋本プロジェクトチームの菊池祥子課長、京急新しい価値共創室エリアマネジメント推進担当の鈴木聖史課長。セクション名からも企業の意図が分かる京急の「新しい価値共創室」、2023年4月の機構改正で誕生しました。

3課長の発言を要約すれば、ネイチャーデイズプロジェクトは社内的な事業区分では不動産開発。沿線で宅地開発したり駅ビルを建てたりするのは、鉄道会社の関連事業の定番中の定番です。

ただし、従来タイプの開発事業と異なるのは次の点。短期的な利益を追求するのでなく、地域と一体になって継続的に沿線を訪れたり沿線で暮らす人を増やし、長く活力ある路線をつくります。

ある課長からは、こんな話が出ました。「沿線開発の成果が出るのはおおむね20年後。現在、鉄道会社の業績は比較的良好だが、それは20年前にまいた種が今、実っているから。鉄道会社は利益の一定割合を、地域振興に振り向ける必要があるような気がする」

会場からは、「鉄道会社に今回のような情報交流の場を設けてもらえたことは感謝の限り。これからもネットワークを大きく広げたい」の声が挙がりました。

「鉄道が相互直通するのは電車だけにあらず。情報の相直も社会から期待される役割なのでは」。筆者はカンファレンスの取材を終えて、そんなことを考えました。

キックオフカンファレンスの会場風景。ステージを囲むように、車座スタイルに座席が配されました(筆者撮影)

記事:上里夏生

【関連リンク】